赤いマルボロの匂いは

赤いマルボロの匂いは

トイレへと自室を出たところ、LDの方に人の気配がして、ベランダを覗くと、Tさんが煙草を一服しているところだった。
薄いワッフル生地のローブ一枚羽織っただけで出てきたぼくは、「寒いから」と制され、室内に押し戻されるかと大方予測しながら、「温めてよ。」と 軽口を叩いたら、もっとそこに居たかったのか、素直に ぼくの背に身を被せてくれた。そうして背後から抱かれると 適温となり、屋外のつめたさも心地よく感ぜられ、今まで密室に篭もって澱んでいた気閊まりが?れて、開放感のままに、目の前を往来する煙草をねだったら、これまた素直に咥えさせてくれた。
Rくんの体から間接的にぼくに伝わってきていた Tさんの匂いは、不快とまではいわずとも、神経を小さく掻くように断片的に覚えていたのが、現実的な充実を漲らせて、メンソールの清涼感と共に、胸に広がっていく鮮烈が 気持ちよかった。
昔からのこの煙草を、電子のに替えないのかと訊いたら、味が人工的で胸糞悪いとかで、知り合って後の十数年間 ずっと同じ銘柄を愛喫し続けているせいで、この匂い=Tさんという等式が ぼくの中に出来上がってしまっている。
「Rは、いいのか?」
「もう一通り為たあとだから 大丈夫。もういいんだ。」
どうせぼくに残った煙草の匂いを嫌がるだろうし。Rが 今だに、煙草の匂いを、副流煙を、それが家具やぼくの体に付着するのをすら 嫌うせいで、自分の家なのに Tさんは 仕事部屋以外では自由に煙草を吸えなくて、こうして寒空の下で 肩身の狭い思いをしている。
疎らな街灯りの最果ての暗虚を目に、胸に積もり積もった彼女のことを話そうとするも、身近な話題のほうがいいかと 咄嗟に選び取って、「Rとあそこの海まで行って来たんだよ。」
「あまり危ないことをするなよ。。」と、ぼくらの自暴自棄と無鉄砲さに 呆れられ 心配され 咎められる。
そこから、最近 彼女を会わせたせいで Rが不機嫌なことまで、独り善がりの軽弾みでしたことを後悔していると、今初めて言葉にした自分の気持ちをも 話してしまうと、TさんはそんなRを「心が狭い。」「ガキだ。」と扱き下ろす。Rを嫌いになりたくないぼくは 「純粋なんだよ。」「直向きなんだ。」と擁護する。